『あの日』の感想&STAP事件のおさらい

※画像は本文と関係ありません

小保方晴子さんの著書『あの日』を読みました。

この本の内容に興味はありましたが自分でお金出してまで読みたくないな、と思っていたのですが、知人が買って読んだと聞いたので、貸してもらうことにしました。
恥ずかしながらSTAP細胞論文に関する騒動についてニュースをしっかり追っておらず、詳しく知らない状態でした。
そんな状態でこの本を読んでいくと、「あれ?この騒動ってこんな話だったっけ?」と思ってしまうのでした。著者である小保方さんの感情表現が多く、読んでると何だか酔っぱらったような気分になるのです。

そこでSTAP事件の内容を改めて勉強しようと思い、STAP事件に関してまとめてる本を探してみたところ、毎日新聞記者の須田桃子さんという方の著書『捏造の科学者』がおすすめされていたのでこちらも読んでみました。
読んだ後、「そうだよね、こういう話だったよね」とある意味安心できました。

論文不正の内容・原因を追究する記者と、関与されると疑われる研究者、それぞれの立場からの事件の記述を比べてみるといろいろと面白かったです。比較した部分や、そのた自分が気になった部分を引用しながら『あの日』とSTAP事件に関して勉強したことをまとめたいと思います。

<最初にざっくりとした『あの日』まとめ>

「申し訳ありませんでした。でも自分は悪くない。若山先生にはめられた。」
これが全体を通して繰り返し主張される本です。

<論文の不正に関して>

■報道された内容
理研の調査委員会はSTAP論文について2件の不正があったと結論付けた。

  • 電気泳動のゲル画像2枚を切り張りして一枚にした」
  • STAP細胞の万能性を証明するテラトーマ実験などの画像4枚が小保方さんの博士論文中の画像と酷似していた」

■小保方さんの主張

  • 間違いをおかしてしまったが、悪意はなかったので不正・捏造と認定されるのは納得いかない。STAP細胞の存在自体が捏造であるかのようだ。

これはテレビや新聞でよく出ていた小保方さんのコメントですね。著者以外の人間は、論文のデータを元にその内容の科学的意義を議論しますから、論文のデータが間違っている場合その内容の信用性は失われます。ですので論文で主張されているSTAP細胞およびSTAP幹細胞の万能性が信用されないのは仕方のないことです。
これら細胞の再現性に関しては理研による検証実験が行われましたのでその結果についても後に触れます。

ES細胞混入説について>

■報道された内容

  • 次世代シーケンサーを使って得られた遺伝子データの解析により、STAP細胞ES細胞か、培養されたそれに近い細胞であることが示唆された。(遠藤氏の解析)
  • 若山先生が第三者機関に依頼し、STAP細胞から作成したSTAP幹細胞の解析を行った結果、STAP細胞作製に使ったはずのマウス由来でないことが分かった。
  • 若山先生は「一度だけ小保方氏が付き添って指導したときにSTAP細胞作製を行い、さらにSTAP幹細胞まで到達したことがあった」と主張している。

■小保方さんの主張

  • 若山先生からシーケンサーによる解析は行わないように指示が出されていたものもあった。「なぜだろう」と疑問を持ちながらも、当時は指示にそのまま従っていた。
  • STAP幹細胞、FI細胞の樹立は若山先生が行っており、自分は再現できていない。
  • 若山先生はSTAP細胞の作成からSTAP幹細胞に変化するところまで単独で成功したと発表している。ネイチャー誌インタビューで研究室の学生も実験の再現に成功したと述べている。若山先生の「一度だけ〜」との主張は真実でなない。
  • 若山先生の実験のタイミングを予期し、ES細胞を研究室の誰にも知られずに準備し、ES細胞研究の第一人者である若山先生にばれずに渡すことは不可能である。

小保方さんは「若山先生らによりES細胞混入犯に仕立てられた」と主張しています。
しかし、若山先生あるいは小保方さん、それぞれ単独の人間がES細胞を意図的に混入あるいはすり替えを行うのは難しそうだな、と思いました。この辺は研究室内部でのやり取りであり、どちらの主張が真実なのかは部外者にはわかりません。

<検証実験の結果について>

■小保方さんの主張

  • 私が行った検証実験でも、丹羽先生のところで独立して行われていた検証実験でも「体細胞が多能性マーカーを発現する細胞に変化する現象」、すなわち「STAP現象」の再現性は確認されていた。
  • STAP細胞作製成功の基準と定められてしまった「多能性の確認」の実験(キメラマウスの作製)は若山先生の担当部分であり、検証実験では別の実験者が担当し失敗したため、STAP細胞の存在は確認されなかったと結論付けられてしまった。

『捏造の科学者』は検証実験終了前に発行されたため、検証実験結果に関する記述はありません。
そこで、理研の検証実験報告書を見てみました。

帰結として、

  • Oct-GFPを導入した新生児脾臓、肝臓からのGFP陽性細胞の出現頻度は低く、再現性をもって、これらの細胞の多能性獲得、未分化性を分子マーカーの発現によって確認することは出来なかった。
  • 細胞塊が有する緑色蛍光を自家蛍光と区別することも困難で、その由来を判定することは出来なかった。

と記述されており、小保方さんの主張する「分子マーカーレベルでのSTAP現象の再現性」も確認できなかったことが分かりました。
検証実験の最後に細胞塊のEカドヘリン染色写真を見た小保方さんは「Eカドヘリンが発現したということは、細胞に変化が起きていたんだと思った」と述べていますが、理研の報告書では「これらのタンパク質が一部の細胞で発現するSTAP様細胞塊も認められたが、その数は少なくGFP陽性との相関も低かった。」と記述されています。
専門外なので細かい部分はわかりませんが、GFP陽性細胞の出現頻度は低い上、GFP陽性頻度と多能性マーカーの相関が取れていないので「分子マーカーレベルでのSTAP現象」も確認できていないということなのだと思います。

<小保方さん、メディアを恨む>

第十章「メディアスクラム」では、メディアからの取材攻勢に追われ困憊する様子が描かれます。

小保方さんの疲労や感情がこもっていて、正直他の章よりも読み応えがありました。メディア対応をほとんど経験したことのない一介の研究者が取材陣に追い回され、一挙手一投足をいろいろと書かれ、ネット上で好き勝手に言われる日々はさぞ辛かろうな、と思います。
週刊文春に、笹井先生と私が11ヶ月で55回も一緒に出張に行ったかのようにでたらめな記事が書かれたが、私が11ヶ月の間に出張に行ったのは4回で、笹井先生と二人きりで出張に行ったことは一度もなかった」という記述を見てほんとにでたらめだなとつい笑ってしまいました。
研究不正の追求はとことん行って欲しいと思いますが、不正に関与していると考えられる人物を自宅付近まで追い回す行為はそれとは別物と私は思います。

メディアに追われた小保方さんは特に須田さんのことは強く恨んでいるようで、文中で名指しで記述していて面白かったです。

須田記者は「取材」という名目を掲げればどんな手段でも許される特権を持ち、社会的な善悪の判断を下す役目を自分が担っていると思い込んでいるかのようだった。どんな返事や回答をしても、公平に真実を報道しようとはせずに、彼女が判定を下した善悪が読み手に伝わるように記事化し、悪と決めた私のことを社会的に抹殺しようとしているように思えた。

『捏造の科学者』では笹井先生とのメールのやり取りは頻繁に引用されますが、小保方さんからのメールは一度も記されません。なのでてっきり小保方さんから須田さんへのメール・電話での回答はなかったのだと思い込んでいたのですが…真実はわかりません。

<小保方さん、政治の重要さに気づく>

ちょっと面白かったので引用します。

「この業界で偉くなる人というのは堂々としていることではなくて細かな根回しを怠らない人たちなのだと感心しました」と相澤先生に言うと、「よく気がついたな。それは文としてどこかに残しといたほうがいいぞ」と珍しく褒められた。

たぶん、「この業界」だけでなくどの業界でもあてはまると私は思います。

<もしSTAP論文が不正の無い形で発表されていたら?>

ここまで読んできて、「もしテラトーマ画像も正しいものが使われ、ゲル写真の切り貼りもなかったらSTAP論文はどのような評価をされていたのだろうか」という疑問が浮かびます。それに関しては、須田さんの意見が納得感のある内容だったので引用します。

私の中では、仮にすべてのデータが正しかったとしても、この論文は本来、ネイチャーのような一流誌に掲載され、理研が大々的に発表するような内容ではなかったのだ、という確信が深まりつつあった。細胞を塊でしか評価していないがゆえのSTAP細胞の由来や性質のあいまいさは、結局最後までクリアにならず、査読者達の最大の疑問は解消されないまま。その他の指摘を踏まえても、「成熟した体細胞を刺激によって初期化し、新たな万能細胞を作った」とする論文の主張を裏付ける、説得力のある証拠がそろっていたとはもはや思えなかった。

テラトーマ作製およびキメラマウス作製に用いられたSTAP細胞は塊、あるいは塊をカッターで切った小さな塊であるため、「細胞の由来がはっきりしない上、1個のSTAP細胞万能性を持っているのか十分に証明できていない」のです。
現象としての面白さはあるのかもしれませんが、理研がここまで大々的に発表する程の功績ではなかったのでしょう。

<おわりに>

ここまで大きな研究不正は少ないかもしれませんが、不正の芽は身近なところにあるのかもしれない。そして不正は「信頼」が「過信」に変わったとき見抜けなくなる。そう思わされる2冊でした。
STAP事件についておさらいしたい方には『捏造の科学者』、悲劇のヒロイン気分を味わいたい方には『あの日』がオススメです。

捏造の科学者 STAP細胞事件

捏造の科学者 STAP細胞事件

あの日

あの日

生存報告です

こんにちは。gyraseです。
1年以上更新が空いてしまいました。この間に身辺で多くの変化がありました。
具体的には(1)異動、(2)妊娠、(3)出産です。隣の部屋では0歳児がずーぴーずーぴーと豪快な寝息を立てながら眠っています。4コママンガとか描いている場合じゃないんですよ。
いや、昨年も4コマのネタだとかLINEスタンプ第2弾(昨年、自作のスタンプが承認され販売中です)だとか考えて描きたいなーと思ってはいたのです。しかし、妊娠中はつわりの症状に悩まされ「絵とか描いてる余裕ねー」と寝込んでましたし、つわりが落ち着いてからもお腹が大きくなってきたせいか胃もたれに悩み、ごろごろ寝てばかりおり、まあやる気のない日々を過ごしていましたのではてなダイアリーの存在をすっかり忘れていた2015年となってしまったのでした。
子供が生まれてからは元気を取り戻したのですがいかんせん自由時間がありません。子供が寝ている間に家事やら何やらを片付けてたら子供が起きて、お世話して寝かしつけたら一日が終わる、そのサイクルで毎日が流れていきます。と思っていたら2歳児のお母さん方によると「生後1〜3ヶ月の頃は自由時間があったよねー、今はほんと時間ない」のだそうです。まじか、これからもっと自由時間なくなるのか…。
絵を描く余裕はほとんど無いかもしれませんが、日々思ったことの記録としてのダイアリーを書くことは、てんやわんやな生活の合間で自由時間を見出しながらぽつりぽつり続けたいと思います。
あ、LINEスタンプはこちらで販売中です。「化学系院生の研究ライフ」というスタンプです。拙いスタンプですが細々とお買い上げいただいてます。ご興味ある方はぜひ。

理系女子と実験ノート


某万能細胞のニュースで「実験ノート」が話題になっていた時に書こうと思っていたネタなのですが、今となっては機を逸した感があります…。
ところでみなさんの使っている実験ノートはどんなノートですか? 私が所属していた研究室では普通のノートだったのですが、他の研究室の人に聞いてみるとハードカバータイプを使っていた人が多い模様でした。ハードカバーより普通のノートタイプの方がかさばらなくて扱いやすいと思うんですけどね。耐久性の点でハードカバーが選ばれるのでしょうか・・・。

LAHには気をつけろ


描画の線が細くなってしまって見にくい絵になってしまいました。すみません。
LAHとは「水素化アルミニウムリチウム」のことです。(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E5%8C%96%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%9F%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%83%A0%E3%83%AA%E3%83%81%E3%82%A6%E3%83%A0
LAHは刺激を与えると発火するらしいので注意して扱いましょう。しかし、燃えているLAHはどうやって消火したらよいのでしょうね? 「燃え尽きるまでドラフトで放置」が最善なのでしょうか…。